ドラドラ雀楼 R25

裏プロの雀桜って設定でも作るか


麻雀は赤や裏なんて廃止するべきだーーーこれが俺が二十歳の頃に考えていた麻雀の捉え方だ。
腕の善し悪しだけで勝負すれば良い。


麻雀は将棋や囲碁と違って、一回二回ならプロが素人の卓に入ってもトップを取れないこともある運の要素を含んだゲームだからだ。
それならば運の要素を徹底的に排除し、雀士が生まれ持つ麻雀の腕だけで勝負すれば良い。
牌効率を把握した上で捨て牌の流れから危険牌を予測し、殆どの「見」で戦い勝ち上がっていく。


そんなものはドラを含んだ麻雀でも同じことだが、俺はその自分の麻雀の腕を上げたかった。
もっと誇れるように前へ出たかった。


雀荘でもゲームでもラスなんて殆ど見たことがない。
俺は麻雀を「見」るゲームとして楽しむことを覚えていった。


いつもの様に夜中雀荘で打っていた俺。
2巡目で南で暗カンをし、伸びしろが無い2−5−8の三面チャンだった。
手はリードラ2。早さと広さ、加えて成長性の無さ、決めては親。俺はすぐにリーチを宣言した。


トップが4巡目で差し込み、裏ドラをめくると、そこに表示されたのは東が二つ。
ゴミ手が3倍満まで跳ね上がり、36000点。


「簡単だなあ麻雀」


別に麻雀を打っている人に自慢できるほどの珍しいことではない。
国士無双13面や、天人に比べればこれぐらい麻雀を打っている人にとっては珍しくもないだろう。


だが俺はその時、麻雀の「走る」楽しさを思い出した。


鳴きやオリ、牌効率に特化した見の麻雀も悪くない。
が、ウキウキ感とでも言うのだろうか。俺はその夜久しぶりにその心を思い出した。


ドラや自分の運を過信して確率が解らないガキは嫌いだ。
マナーは無いし、雀荘での遊びかたも解らないだろう。


「見」を知らないガキには教えてやる。
「走る」麻雀を失った人は思い出してほしい。


麻雀ってのは楽しいんだ。
サイト名、ーーードラドラ雀桜R25
そうだな。おまえ今日から語尾に「ドラドラザンク」
でも付けてみろよ。


「俺の人生ってなんだったんだろうなあ……ドラドラ、3900」


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